FIREを考えたきっかけ

FIREと言っても、サイドFIREくらいでできないかなと思ってます。

FIREを知ってあこがれになる

私は、仕事はお金を稼いで生きるために、食べていくためにやるものだと思ってきたし、今もそう考えています。

そのため、FIREという言葉を知る前は、定年まで働くしかないんだろうなと思ってました。

投資をするようになって投資系の動画やネット記事、本も多少は見るようになりました。

”FIRE”という言葉を知った時は、そういった生き方があるのかと驚きました。

ただ、私がその時に知ったFIREは”フルFIRE”、結局はお金持ちにしか無理だなとも思ってました。

FIREにも種類があることを知る

サイドFIRE、コーストFIRE、リーンFIRE、ファットFIRE…

無理ない範囲で辞める選択肢は色々あるんだなと思うと同時に、節約とかできるのかなとかいろいろ考える日々でした。

現実的には、社会とのつながりを残す意味でも、週に何日かバイトをするくらいがちょうどよいなと感じて、妄想はしていました。

この頃から部下に対して、私は60まで働くつもりはないから、今担当じゃない仕事もできるように覚えておくよう、全体のことを把握しておくよう伝えるようになりました。

当時は、できれば50歳、無理そうならせめて55歳を目途にと意識していました。

病気になって3カ月入院して考えに変化が

去年の夏前のことです。

朝から調子が悪くて、熱中症かなと思って有休をとり、妻の出勤を見送って休んでいました。

ところが状態が悪くなる一方で、午後には起き上がれなくなりました。

その時はまだそこまで大ごとだと思っていなかったのですが、妻の帰宅したタイミングで救急車を呼んでもらい、そのまま入院生活に入りました。

病名を書くと、そこそこすぐわかっちゃうくらいのレアな病気だったらしく、場合によっては人工呼吸器をつけることになると医師に言われていました。

幸い(?)、私は症状としては軽い方だったようで、1カ月入院、その後リハビリ病院へ転院しての2カ月の入院で済みました。

とりあえず日常生活は普通に送れているのですが、週6日出勤が体力的に厳しく感じています。

体の違和感が残っているのと、疲労感があり、FIREを強く意識するようになりました。

まとめ

妻は今の会社でもう3年は働くと言ってくれており、私はアルバイトで週3日程度なら働けるかなと考えています。

まさかの病気が最後の一押しになって、サイドFIREをより強く意識するようになりました。

まだ身体が元気に動く間に、大好きな温泉への旅行などもしたいので、もう少し具体的に考えていければなと思っています。

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